ねっとりと…

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ねっとりと
妖しく濡れる
蜘蛛の糸


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おとめ妖怪ざくろ』。
リルぷりっ!』。
マクロスフロンティア』も踏まえて。


最近、井上喜久子さんの「悪」の演技が、面白いです。
変声機などで声を細工して、ラスボスの最終形態なんかを演じたりするワケなのですが。
そこに至るまでの、才女やら麗婦やら、余裕があるウチの悠然たる物腰、と。
追い詰められて、切羽詰って、自棄を起こして暴走する際の、鬼迫。
……「静」と「動」のメリハリ。


面白い、……と、云うか。
やっと、元来の『井上喜久子』さんの真価が発揮される時代になったと云うか。


そもそも。
井上喜久子さんの声の演技の本幹は、天然ボケでは無いワケで。
少年から老女に至るまで、千変万化の幅が持ち味であり。
殊、負の感情(憎悪と恐怖と激昂)の表現が秀逸のヒトであり。


…、で。
その演者の平素の人間性が「17才ですぉぃぉぃ♪」だからこそ、惹かれるワケで。
日常生活の人間味は、その一面しか無いんじゃないかと思えるぐらい。
不器用で、天真爛漫で、天衣無縫で、純粋で。


なんで、この無垢な女性が、あれだけ多角に負の感情を爆発させられるのか。
笑顔と善意しか知らないヒトの心の深遠のどこに、負の感情が隠されているのか。
それを、状況に応じて、フレキシブルに出したり引っ込めたりできるのか。


千葉繁さんが感歎し、若本規夫さんが溜飲し、山寺宏一さんが尊敬し。
声優としての地金が、しっかりと、形成されているからこそ。
声優以外の面でのギャップが、殊更、彼女の魅力を倍化させるワケで。


そうした、演者としての真価に惚れたか、興味が無いか、……で。
「お姉ちゃん」に対する反応の温度差も、大きく異なるワケでして。
「17才ですぉぃぉぃ♪」の一面しか知らないヒトは、やっぱり、間が持たず、熱が冷めて。
一番に面白い多面性を、ことごとく見逃す、……と云う、何とも勿体無い状況だったりしまス。


井上喜久子さんっぽい声が出せるけれど、未だ、遠く及ばずの大原さやかさん。
その二人の間にある、役者暦と相応の実力と格の差、そこが見えたら面白くなるワケで。
(自分の様な中堅が仕事を取ると後身に活躍の場が回らず育たない、と、危惧もしてますが)


ええ、井上喜久子さんは、とても味のある魅力的な声優さんですよ。
むしろ、悪意を演じている時の方が。
それと照らし合わせて、普段の善意との対比が。
人間の心ってのが、決して一面体では無く、善悪の振り子ってのが哲学的に垣間見られるから。
「17才ですぉぃぉぃ♪」とか言ってる心の裏側は、善の一文字の性善説なのですが。
その善意の裏付けに、人間の心が「悪」の側面も秘めている事を、ちゃんと理解しているから。


天上の釈迦が盗賊カンダタを助けた際、地獄に贈りやった、蜘蛛の糸
井上喜久子さんの善は、そんな感じの「禅」だったりするワケで。
(「禅」……人間の心の表裏を穿ち、自考の期を諭す在り方)
決して。
乱杭(『ざくろ』の女郎蜘蛛)が吐き散らした、蜘蛛の糸の様な一元的一過性の悪では無い。