まじてんし…
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天使ちゃんマジ天使
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文字数で見れば7+7 = 14文字。
つーか、川柳では無くキャッチコピーの分野なのですが。
字数無視タイプの自由律として、川柳や俳句の視野から見る事も可能です。
7+7+3 = 5+7+5 = 17文字。
逆に言えば。
字数17文字を無理強いすると、標語としての価値が瓦解するワケで。
ささらの可愛さは異常、とか。
天使ちゃんマジ天使、とか。
しばしばネット上で自然発生し、知らずの内に浸透する定形文ってのも。
自由律俳句(川柳)として受け捉えると、違った味になるワケで。
<エンジェルビーツ>
エンディングをエドワード・ハウペペル(中略)4世の中の人が歌っててビックリ。
つーか、多田葵さんの歌声と名前に、久しぶりに触れた気がしつつ。
部分部分は凄く良いハズなのに、全体的に見たら「何コレ」感が……。
そんな感じのイメージしか無いABなのですが。
ブシロードか何かで、汎用カードゲーム化される、とかで。
(ヴァイシュ・シュバルツ?)
ストラクチャーデッキが販売されたらしいのですが。
一体全体、どう云うワケか。
『クドわふたー』との共同戦線。
『クドわふたー』。
『リトルバスターズ!』の能美クドリャフカのスピンオフ。
それと『エンジェルビーツ』が一つのデッキで合流して、一大戦力を結成。
機動六科の魔砲少女、や、学園都市の超電磁砲、に、喧嘩を仕掛ける、と。(笑)
えーと、『リリカルなのは』や『とある(略)超電磁砲』も。
ヴァイス・シュバルツの同一フォーマットのデッキが存在していて。
統一ルール旗下、好きな作品の好きなキャラでOCGが楽しめる、みたいな。
シナジーさえ侭なれば、なのはのデッキに白井黒子が紛れ込むコトも可能ですし。
レイジングハートとレールガンの一斉射撃、なんて超荒業も可能です。(笑)
ともあれ。
逆に云えば『エンジェルビーツ』単独では、デッキ形成が侭ならないワケで。
『クドわふたー』とコンビを組まないと、一つのテーマカテゴリとして存在できない。
……そんなに薄っぺらい作品だったのか、とか。
ちょっぴり、驚嘆の次第なのですが。
薄っぺらい、って、物語が希薄とか、そんな意味じゃなくて。
なんつーか、商的な看板としての機能性が皆無、と、云うか。
『クドわふたー』と抱き合わせなきゃ、見向きもされないのかしら、とか。
まだ1クールしか放映されてないので。
世界観やキャラが固まっていないだけかも知れませんが。
二期まで網羅すれば、一つのカテゴリとして単独デッキが組めるのかも知れませんが。
モノがkeyの作品なので、ネチズンの声は信者とアンチの戦々恐々でアテにならず。
市場の売上など、客観的に具体的な尺が分かるモノサシで逆算するしか無いワケですが。
そんなこんなの諸事情を差し引いても。
『エンジェルビーツ』とは、一体、何だったのか。
二期に至る、壮絶な前フリ?
その割りには『クドわふたー』と両天秤を形成して、釣り合いが取れるんですよね?
……んー。
『リトルバスターズ!』がアニメ化されたら、この辺の謎も解けるのかしら。
『エンジェルビーツ』が、話題性の割りに世間を座巻できなかった事情が。
(一部のミーハーと信者の過熱とは裏腹に、大衆が関心を示さなかった、と云う意味で)
『Kanon』や『Air』も、実態は似た様なモノだったのかなぁ。
ボクが信者の側に立っていたから、傑作として過大評価しているだけで。
無関心の立場に回れば、「ふーん」って感じで食指が動かなかったのかしら。
どーなのかしら……。
そもそも『エンジェルビーツ』だけは、ゲーム原作が存在しませんから。
keyの作品として一括りに考える、ボクの発想が。
まず、根本的に、間違っているワケですけれど。